子育てリレーエッセイ NO.9

娘の絵

娘が3才で幼稚園に入園した最初の参観日
信じられない光景を見てしまった。
お絵かきの時間、何を何の色で塗るか
先生がいちいち指導しているのである。
口だけならまだしも
娘がもっている黒のクレヨンを取り上げて
他の色のクレヨンをむりやり持たせているのだ。

なんたる横暴!信じられないふるまい!
と、ものすごくショックだったのだけど
多くの幼稚園でこういう指導をしているのが現実らしい。
日本の幼児教育のレベルの低さに頭が痛くなる。

ところが、先生のこういった指導に対し
娘は「どこ吹く風」
お絵かきには関心がなく(こんな指導で関心を持ちようもないが)
教室を抜け出ては園内を探検していた。

はじめて幼稚園で描いた娘の絵は
真っ黒にぬりつぶした背景に
棺桶(ドラキュラが入っているような)とドクロが一つ。
しかし、よく見るとタイトルが(先生の字で)ついている。
「いもほり」
もしかしてこの棺桶とドクロは『芋』なのか・・・?
(わたしの見る目が変だという説もある)

そんなわけで幼稚園で作った作品類はお世辞にもうまいとは思えず
わたしも夫も「不器用だからねぇ」と勝手に納得していた。

そんな娘は家でも絵を描くことはほとんどなく、
紙とハサミでもっぱら工作、それもめちゃくちゃに切りまくった。
わたしには紙くずにしか見えないモノばかり・・・。

しかし、娘はそうやって切り刻んだり破いたりして
たまたま、偶然、できたものを「作品」といってもってくる。
この感覚が、凝り固まったわたしの頭にはとても理解しがたい。
工作でも絵でも、目的(完成形)があってそのプロセスがある、
というふうにしか、とらえられないのだ。
(創るという行為がそんなに単純なわけないのだが・・・)

手先が不器用な(発達が遅い?)娘は
ハサミでここをこう切りなさい、というのができなかった。
でも指示されずに気ままに切り刻むことなら、いくらでもできる。
細かく手で破いたり、セロテープを使ったり
娘は自分がもっている数少ない技術すべてをとことん使い
時間もたっぷりかけて、ある時「これ!」というモノを発見する。
そう、作品を「作る」というより「発見する」という方が近い。
わたしはというと「へぇ、そんなのができたの」と言いながら
紙くずの山に(後で片付けしてよね・・・)と溜息をつく。
(幼稚園の指導にあんなに憤慨してたのに。恥ずかしい・・・)

親や大人には「できる・できない」という強固な呪縛がある。
「できる」とは、目的を達するために必要な能力をそなえていること。
もちろん、その目的(目標)はほとんど大人が設定している。
けれども、子どもに本来そのようなもの(目的)があるのだろうか。
多くはまわりから何らかの価値観を刷り込まれ(賞賛や叱咤の反復)
いつしか『目的の達成』という概念を学習するのではないだろうか。

はじめに「課題」があるものを、娘はほとんど拒否した。
そのかわりが紙くずの山だった。これが母には頭痛の種なのだ。
でも今は、娘の表現欲求、自分で何かを創りたいという気持ちを
何よりも大切にしてあげたい・・・と思う。

小学校に入学する直前、娘は美術教室に入った。
体験教室で「工作」をやっていて楽しかったらしい。
(わかってるかなぁ、美術教室って絵を描くんだけど・・・)
ま、嫌ならやめればいいか、と。とりあえずはじめさせた。

そして秋、美術教室の作品発表の場
「美術展覧会」を家族で見に行った。
毎週楽しそうに通ってはいるが作品を持ちかえらないので
娘が何をやっているのか、わたしも夫も知らない。

美術展に出品したものは、アクリル画をベースに
色を混ぜた紙粘土様のものをくっつけた立体的な作品。
娘の作品名は「SUPERなお花畑」(^o^)だ。
それを見て、わたしは驚いた・・・
キャンバスいっぱいの、花、花、花、色、色、色・・・。
その小さな花びら一枚一枚
すべて色をつけ手でこね、ちぎって成形してはりつけたもの。
たくさんの花。色も形もぜんぶ違う。同じものは一つもない。
離れて見ると特にいい。中央にあるピンクの花が生きている。

絶句・・・

先生が「これは、額に入れて玄関に飾ったらいいですよ」という
親バカの極に達していたわたしは思わずうなずく。
「色がいいでしょう」と先生。たしかに・・・(言葉にならず)。
思わず夫が「この色って本人が作ってるんですか」という。
先生あきれ気味に「そりゃそうですよ。自分で混ぜて作るんです」
夫がにわかに信じられない気持ちもわかる。
娘は、幼稚園まで黒だの灰色だの単色しか使わなかった。
家でも絵なんてまず描かないし(夫はこれを嘆いている)
見るのは紙くずの山と、たまたまできたヘンテコな作品ばかり。
(娘のなかにこんな極彩色の世界があったなんて・・・)

「ありがとうございます」と先生にお礼をいうと
「いや、僕は何もしてないですから」と言われる。
その「何もしない」が、何より大事で難しいことなのだ。

美術展の帰り道、天才だわ~スゴイじゃない!
額買ってこなくちゃ~という母に、娘は「そぉ?」とそっけない。
終わったことには関心がないらしい。

しばらくして
美術教室の日。小雨が降っていたので迎えにいくと
舞踏会の仮面みたいなものを持っている。
他の子は模様や色をつけているらしいが、娘のは黒一色。
先生が「これ真っ黒で・・・これでいいのかな」というと
「良いんだよ、これ黒猫の仮面なんだから!」と娘。
「あぁ、そうだったんだ。じゃ、これでいいね」
家に帰り、夕飯を食べながら娘がいう
「K先生(美術の先生)ってさ、お笑い芸人みたいなんだよ」
「そうなんだ。おもしろいんだね」
「うん。でも、K先生はあの仕事があってるね」
「あってる?」
「うん、彼、子ども好きなんだ」
わが娘、この先どうなっていくのだろう・・・。
(れいこ)

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