エッセーNo.7

「マタニティブルー」

赤ちゃんとふたり。
「コワレモノ」を扱うように抱き、そぉっと、ベッドに寝かせる。
まるで、天使のような可愛い寝顔。あまくて、良い匂いのする赤ちゃん。
ずっと見つめているわけにもいかないけれど、少し見ないと不安になる。
「もしかして、息してなかったらどうしよう?」と駆け寄って、口に手をかざす。
頬もあたたかいし、ちゃんと呼吸してる。
「・・・よかった、生きてた」
生きてて、なんて当たり前じゃない?と思われるかもしれないけれどはじめての赤ちゃん、生まれたばかりの赤ちゃんは「生きているだけで奇跡」と思うくらい、か弱くて小さい。

ドタバタの日々が過ぎ、ひとりぽっちの子育てにも慣れた頃わたしの心はジワジワと疲れはじめた。
おっぱいをあげることや、オムツ交換は手際よくなったのに、「もしかして、この子は死んでしまうかも」という妄想は日々ふくらんでいった。

「死んでしまう」というのは、わたしの中で「死なせてしまう」と同義語である。

夫は仕事で深夜の帰宅が続く。
夜泣きにつきあって起きてくれる(時もある)やさしいところもあるけれどでもわたしの心にふくらんでいく「言いようのない」不安はわかってもらえない。

ただの妄想、ただの不安、ただ疲れているだけ?
頭の中に「もや」がかかっているよう、新聞を読んでも内容が「入ってこない」ミルク、おむつ、泣く、抱っこ。細切れの睡眠、それがすべて。
ひとつの事を集中して考えることができず、ぼうっとしている。

なのに、姑から言われた「なにげない一言」は何度も何度もくり返し、思い出す。これからの「楽しいこと」は思い浮かばず、失ったものばかり数えている。

買い物の途中、自然と、子連れママに目が行く。
(みんな、すごく楽しそうだなぁ・・・。やっぱりわたしは子育てにむいてないんだ。こんなわたしに育てられてる、うちの子って不憫だよなぁ。)

わたしはこんなに必死なのに、それが「子育て」となると、やって(できて)当たり前のことのように聞こえる。
おっぱいのために自分の食事に気を配り、薬も飲めず(病気にもなれない)お酒も控えなくちゃいけない、

そう、わたしは自分のために生きていない。すべては子どものため。でも、どんなにがんばっても、「ありがとう」と感謝されることはない。
親や周囲から言われるのは「はじめてだから大変なのは当たり前」、「大変なのは今だけ、すぐ大きくなるよ」
そう。当たり前のことに文句を言えば、それは「泣き言」になってしまう。

ある朝、夫が「近くの管理釣り場に行く」というのを聞いた瞬間自分の中で「なにかが」音を立てて壊れた気がした。
コントロールできない感情が堰を切って溢れ出した。
このまま置いていかれたら「死ぬ」。大げさじゃなく、そう感じた。
パニックを起こしていた。ぼろぼろ涙が流れ、嗚咽は抑えきれない。

わたしは子どものように「お腹がすごく痛いの。今日は出かけないで」とだけ、言った。
そのちいさな嘘は、自分をみじめにした。パニックが去っても、わたしの心は空っぽのまま、だった。 

ある日、海外在住の友達が一時帰国して、
「ごめん、そっちの家まで行く時間がないから、出てきて」という。
ちょうど生後2か月ごろ。その友達に、子どもはいない。

電車に乗って出かけ、なつかしい香りの喫茶店でコーヒーを飲んだ。
まるでおのぼりさんか、小学生に戻ったように、なにもかもが新鮮だった。

「れいこがママだなんて、すごいね!ちゃんと子育てしてるんだね」
「かわいいわねぇ、抱っこさせて!」と言う、友達の笑顔がまぶしい。

帰り道。

池袋の雑踏を、小さすぎる赤ちゃんを抱いて歩いた。
鞄の中には、友人からもらったピンクのクマが入っていた。

「・・・ねぇ、わたしってすごいんだ、すごいんだってよ」

歩きながら、胸のなかで眠る娘にささやいた。
少しだけ、自信もってもいいかもしれないと、思いはじめた。

(れいこ)

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*マタニティーブルー

出産でホルモンバランスが崩れ、一時的に心身が変調をきたすこと。
そういう時は、しんどくなったら一日たっぷり寝て休む、など自分ひとりでがんばりすぎない、これに尽きます。

そして、なによりも大切なのは、まわりの理解。
夫や家族が長い目で見守って、協力してあげてほしい。
「がんばれ」というのではなく、心の支えになってあげてほしい。

また、マタニティブルーとは産後数日の一時的な症状を言い、産後数ヶ月たっても、良くならない場合は「産後うつ」の可能性があるのでかならず専門の医師に診てもらいましょう。

この領域は、日本では母子保健でも医療でもまだまだ遅れています。

ちなみに「産後うつ」は日本では全産褥婦の10パーセントに見られるそうです。(10人に1人、けっこうな数ですよね)→詳しくはコチラ