子育てリレーエッセイ NO.5

愛を乞うひと

一昔前のテレビドラマにはラブシーンがもっと多かったような気がするのは、私だけだろうか。幼い私はそれを見るのが好きだった(笑)。ほぼ完璧に読めるのだ。そろそろラブシーンに入りそうだなと。「そろそろ始まるよ、あーん、あーんってやるよ」。
大人たちは何ともばつの悪そうな顔をする。私はその後も次々と同様の予言を的中させる。さあ、どうして誉めてくれないの?「すごいね、よく分かったね」といつものように。
しかし返ってくるのは変な感じのあいまいな微笑。当時の私はそれを、子供に分かったのに大人である自分は気づかなかったくやしさの現れ、と見ていたちゃんと見てれば分かるんだよね。視線のあわせ具合とか、手の絡ませ方とかさ。分かんないかなー、この男と女の微妙な心の動きと駆け引きが。私って結構、恋愛、分かってる? 

だが、そんな恋愛上手の私にもどうしても分からないことがあった。手を握ったり、抱きしめあったりすることの一体何が、楽しいのかだ。だって、クラスの男子(だんしと読むのがポイント)なんて、うるさいし幼稚だし、鼻水たらして汚いし、あんなのと抱擁するなんておえーっである。どうして大人は手を握りたくなるのか、一体何を求めて抱き合うのか。それは幼少期からの私の一大命題だった。(ってほどのこともないが)。

命題は大人になっても解かれることはなかった。いや、これは未だ「男と抱き合うなんておえー」と思っているという意味ではない。なぜ大人になったらそうしたくなるのか。そこが分からなかったのだ。ホルモンのせい?しがらみやストレスが多くなるから癒しの場が欲しい?ま、そんなところかなと適当に片付けていた。

それは出産を機に、たちどころに解明されることになる(あくまでも私の中で)。
私はどんなお母さんでも通らねばならない魔の一ヶ月を悪戦苦闘していた。子供の求めに必死に応じる内に、ふと命題の答えが見えてきたのだ。
大人になったから、人肌恋しくなるのではない。ヒトというものは、生まれた瞬間から触れられること、抱きしめられることを求めているのだ。本能だったんだと。

プリミティブは欲望むきだしの赤ちゃんは、貪欲に抱っこを求める。短い腕を振り回して手を握ってもらうことを求める。人は成長して恋愛を知るが、その根底に流れるもの、愛情は、最初から必要とする存在だった。そのねだり具合には本当に驚嘆する。君はそこまで愛を乞うのか。

赤ちゃんが親を求めて泣くのと、恋人のぬくもりを求める心は、実は近いところにあるのではないだろうか。そう思うとあのやかましい泣き声が、「愛しているの?本当に愛してるの?愛してるなら証拠を見せて。抱きしめて」と聞こえてくるではないか!(ちょっと誇張している、念のため)

子育てと恋愛は通じるものがある。そう考えると「本当に愛してる?」と叫ぶ子供の方が不安なんだと思われる。私は「本当だよ、9ヶ月間あなただけを待っていたよ」と答え、その証拠を見せるために何度でも抱っこする・・・。

あなたもあっという間に少女時代の私のように、「抱きしめて」と素直に言えなくなり、いつしかそんな欲望を心の奥底にしまい込み、なかったものと処理するうちに、大人のラブシーンに違和感を持つようになるんだろうね。それなら今は、気の済むまでねだってほしい。

また、子供が泣いている。はー、今日もこんなにも、愛されている。

(つば)

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